■2005年7月15日
★Gullup
7:00出発

エル・ランチョホテルの玄関ドア

US-66/ギャラップのロードサインの向こう側は、サザン・パシフィック鉄道の線路です

エル・ランチョホテルの隣に併設される、エル・ランチョモーテル
宿泊費はお安めの39ドル

エル・ランチョホテルの駐車場/私と同じルート66トラベラーの車かな?
☆クーラーボックス

サンドイッチを買おうと立ち寄ったスーパーでみつけたクーラーボックス
たった3ドルの投資でしたが、この中に氷をいれペットボトルを入れておくと、
一日中冷たいドリンクを飲むことができるようになりました
☆el morro

ギャラップからエル・モロー国定公園までは50マイルほど、朝の散歩気分で
ちょっとROUTE66を外れ寄り道することにしました

エル・モローを遠くから眺めると、岩のカタチがアーチーズの「スリー・ゴシック」に似ています


ビジターセンター
☆旅のマスコット

今回の私の旅のマスコットはカールスバッドで買った二匹こコウモリです
☆再びギャラップ


エル・モローから、再びギャラップに戻りました
ギャラップのROUTE66は現役の町のメインストリートです、通りには沢山のモーテルが
立ち並んでいます、そのどれもが激安価格で驚きました、このMOTELはその中でも
特に安くて「17ドル」とありましたが、どういう内容なのでしょうか、一度くらいなら
話のタネに泊まってもいいような気もします
★Manuelito


カーナビ
☆カーナビの説明
カーナビを、ニューメキシコ州とアリゾナ州の州境の町、マヌエリートにセットします
詳しい町の住所など知りませんので、City Centerをセットします
そうして辿り着くと、いつも驚かされます
小さな町のCity Centerは普通の民家だったり、存在しないことも多いからです
カーナビのピンクの線がセットされた道、水色の二本線はこの場合インターステイツです
その下のWはWESTつまり西に向かっているということ、8.4ml 00:17 左斜め矢印は
8.4ml先に17分後に着いて、左に曲がりますという表示です
その右側の8.4mlはManuelito City Centerまで残りが8.4mlということを意味しています
音声案内は8カ国語対応、もちろん日本語もあります
表示はとてもシンプルなのですが、使い慣れると、そのシンプルさがかえって使い易く感じます
アリゾナ州
ROUTE66が通る8っの州、7番目の州はアリゾナ州です

☆CHIEF YELLOW HOSE

US-66
マヌエリートの集落を過ぎると、ニューメキシコとアリゾナの州境が見えてきます
この辺りには、ナバホ族、ツミ族、スー族のネイティブ・アメリカンがたくさん住んでいます
☆チーフ・イエロー・トレーディングポスト

チーフ・イエローホースとは、トム・グレイ・イーグルという人が経営する
ネイティブ・アメリカンのトレーディングポストです
彼の出身はスー族で、この近辺に住むネイティブ・アメリカンの作る工芸品や民芸品を仕入れ
このトレーディングポストで観光客に売っています

トレーディングポストが建っている場所が、ニューメキシコ州とアリゾナ州の州境です
☆ノー・タックス
トレーディングポストはどちらの州にも所属しないためなのか、あるいはネイティブ・アメリカン保護ゆえなのか、
はたまた売っている品物が民芸品だけだからか、理由はI don't knowですがNO TAXです


トレーディングポストの内部
☆生きているバッファロー
私がここを訪れた時には、チーフ・イエローホースはいなく、白人のおじさん店員一人だけでした
私がいくつかのおみやげ品を手にレジに行くと
私:「はろー、あいむれでぃ」
店:「OK、どっから来たの?」
私:「とーきょー、じゃぱんです」
店:「ルート66トラベラー?」
私:「そうです」
店:「今じゃ、ルート66トラベラーは外人ばかりになっちまったさぁ」
私:「私は10日前にシカゴに着いて、ここに来ました」
店:「ほー、そりゃ遠くから来たね〜、よかったらバッファローを見ていかないか?」
私:「バッファロー?、生きているの?」
店:「もちろんさぁ、あっちだよ」
私:「ありがとー」

これが、その生きているバッファローくんです
タイミング悪く食事の真っ最中でした
いくら待ってもこちらを向いてくれません
すっごく暑かったので4〜5分待ったのですが、諦めてしまいました
でも、茶色の毛並みの半分で、これは牛ではなくて、バッファローだと分かりました


チーフ・イエローホースの裏庭の崖には、先住民の住居跡がありました
どこかの国立公園では、こういったものが、「うやうやしく名所遺跡扱い」されていますが
ここではたんなる無用の廃墟?
☆ほわっといずでぃす?

鉱石の目方売り

青い石?
チーフ・イエローホースの裏にはには、沢山の鉱石が所狭しと置かれ
それが、重さ単位に売られています
この見事に着色されたような鉱石は、一体何なのでしょう?

赤い石?

ガラス?
これって、ガラスの材料となる硝石ってやつかな〜
だとしたら、ガラスって人間が着色しなくても、自然のままで赤や青色をしているのかな

★CANYON DE CHELLY
☆またまた、寄り道
私の旅も残すところあと4日〜今後のスケジュールを考えて、まだまだ余裕がありそうなので
2003年に行き逃した、CANYON DE CHELLYまで足を伸ばすことにしました


US-191
US-66をしばし離れ、US-191を北に200mileほど走ります


US-191

US-191
☆キャニオン・デ・チリ
素晴らしい直線道路の続くUS-191を2時間少々走り、キャニオン・デ・チリ(シェイ?)に到着しました

公園入り口
CANYON DE CHELLYとは、元々はスペイン語で、岩の峡谷の意味
美しい岩肌の垂直の断崖が42kmも続いています
公園全部がナバホの人々の所有する土地ということで、今も公園内に住民が普通に暮らすという
アメリカでも珍しいタイプの国定公園です

ビジターセンター

この公園の知識があまりない私は、ビジターセンターで30程のビデオによる情報収集を行いました
番組内容はナショナル・ジオグラフィック系です

キャニオン・デ・チリは、ビジターセンターの先で、大きくサウス・リムとノース・リムに分かれています

ビジターセンター脇にある、先住民のプエブロ/外は45度くらいの気温ですが、
中に入ると不思議なくらい涼しいのです
☆サウス・リム
☆スパイダーロック
ビジターセンターからサウス・リムに沿って18mileのところにあります
スパイダーロックとは、ディネー(先住民)の創造主である、おばぁちゃん蜘蛛のことだそうです

スパイダーロックはサイス・リムの一番奥にあります

スパイダーロック/244mの岩峰

スパイダーロックの谷底
緑生い茂る谷底では、今も昔と変わらない人々の生活があります
望遠レンズ越しに、深い谷底に道路が見えます

☆突然の嵐
私がスパイダーロックに着いた時に、他にも数組のアメリカ人の観光客がいたのですが
私が写真を撮っていると、みなさんがバタバタと駐車場へ駆け出しました
たしかにその時、遠くの方に雨雲が立ち込めてはいたのですが
私的には、まだまだ〜、とおいとおい〜、ちょっとアメリカ人臆病なんじゃないの〜
などと思いながら、スパイダーロックがよりいいカタチで写真を取れる場所を探していました
そんなこんなで、15分ほどが経過。。。
ピカピカピカ〜!
突然、稲光がしたかと思ったら、辺りに雷鳴が轟き出しました〜!
すっごい恐怖!
猛ダッシュで自分の車に戻りました
戻ったとたんに、大粒の雨が落ちてきました
「ふぅ、九死に一生スペシャル〜やっぱ地元の人は知っとるね」
☆ホワイトパレス

ホワイトパレスとは先住民の遺跡のこと
ここキャニオン・デ・チリはアメリカの国立公園、国定公園の中では唯一の
レンジャーの引率も、許可もいらずに、勝手に遺跡までのトレールを下りられる場所なのです

岩肌にトレール道/トレールは往復3.2mile

トレール道
望遠レンズで見ますと、何組かの観光客が猛暑の中をトレールしていました
崖の下の女性(たぶん?)が、急な崖と足場が悪いのか、登るのを躊躇っているのが見えます
私は〜当然見るだけです、はい

ホワイトパレス/28m広角レンズ
私が見下ろしている崖の下に、遺跡があります
この写真の真ん中あたりの茂みの中です

ホワイトパレス/300m望遠レンズ
300mの望遠レンズ越しに見た、先住民の遺跡です
山歩きが好きな人は、これを見る為だけに、長く困難な道をトレールするのです
私は〜行きません、はい


谷底にある民家/28m広角レンズ

同じ場所、谷底にある民家/300m望遠レンズ


岩の上にひとり座り、吹く風が心地よく、遥かに下の谷底を見下ろしていると
とても爽快な気分です、同じような光景、ヨセミテのグレイシャー・ポイントを思い出しました
☆ノースリム
☆マミー・ケイブ

マミー・ケイブ/おでこに髪の毛、人間の顔に見えるのは私だけ?
mummy caveは4世紀頃の先住民の住居跡ということで、ミイラが発見されたことから
この名前が付きました


先住民たちは何故、このような不便な場所に住居を作ったのでしょう?
☆伝説の場所?



この崖でかつてあった話なのでしょうか?、ちょっと惹かれたのでD70の望遠機能を
駆使してプレートに矢印された箇所をウォッチしたのですが、痕跡はこれだけ
これは先住民の絵文字?、それともただの岩のシミかな
☆モニュメントバレーが見えた?

キャニオン・デ・チリとモニュメントバレーは直線では40マイル程しか離れていません
遥か彼方に連なる、この岩峰のカタチはモニュメントバレーだと思うのですが。。。

US-191
☆すっごく遠回り
キャニオン・デ・チリからモニュメントバレーに向かうには、そのままUS-191を北上すればいいのですが
そうすると、chambersからflagstaffまでの、およそ160mileのROUTE66をスキップしてしまうことになります
それは、私のこの旅の目的に反しますので、US-191を元来た道のとおりI-40方面に戻ります
キャニオン・デ・チリについで、明日モニュメントバレーに向かう私とすれば
これは、ものすっっっっっっ〜ごく遠回りということになります〜(汗)

US-191
何百マイル離れていようと、ここはアメリカの道路
80マイルで2時間走れば、160マイル、3時間走れば240マイル走れます
キャニオン・デ・チリを出て、2時間半を走り、私は再びROUTE66に戻りました
☆ペインテッド・デザート

化石の森国立公園
ROUTE66の名所として知られる、ペインテッドデザートが実は「化石の森国立公園」の
一部分だということを、私はここにくるまで気がつきませんでした

公園入り口
2003年にそれと知らずに訪れた、ROUTE66の名所ペインテッドデザートに、あらためて立ち寄ろうと思ったのですが
到着した時間が少々遅めの、6時40分でした
公園入り口ゲートには閉園が7時とあります
周りを見渡せば、今にもパークレンジャーが門を閉めにきそうな雰囲気です
残り時間15分では、広〜い公園のどこにも行けません
今日は諦めてペインテッドデザートへは明日の朝、もう一度来ることにしました
★Holbrook
☆ホルブルックの町の所以
ホルブルックはかつて牛の集散地として栄えた町です
かつてはカウボーイたちが沢山の牛を連れてこの町にやって来ました
その頃のホルブルックは砂漠の中の眠らない町、と呼ばれていました
次の時代、ROUTE66がシカゴ〜LAまで開通すると
今度は、カウボーイに代わって、東部から自動車に乗った観光客がやってくるようになりました
観光客は、ニューメキシコや、アリゾナのインディアンの遺跡や砂漠地帯を見るのが目的でした

町の入り口

荒野の綺麗な色の空

US-66
スコールの後でしょうか、アリゾナの荒野に虹が出ていました
☆ウィグワム・モーテル

☆ウィグワム・モーテルの所以
WIGWAM MOTELは1950年開業のモーテルです
I-40がホルブロックをバイパスして一時閉鎖に追い込まれましたが
オールドルート66ブームにより、営業を再開しました
WIGWAMとは、この土地のインディアンの住居である
三角テントのことです

1950年代、西部劇に熱中した子供たちにとって、このモーテルに泊まることは夢だったのです
2003年に泊まって以来の2度目のWIGWAMです
宿泊代はTAX込みで「46.62ドル」でした
旅は続く
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